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商標


バドワイザー事件

自己の名称を普通に用いる方法で表示する商標とは
平成14年(ネ)第5791号 商標権侵害差止等請求控訴事件

原告の商標 被告の商標のひとつ
原告の商標です 被告の商標のひとつです


自己の名称の表示とは
自己の名称とは、典型的には名字ですね。先祖から長年使っている自分の名字の使い方がなぜ商標で問題になるのでしょう。

たとえば豊田さんが修理工場、「豊田自動車」を経営しているとします。工場の看板や名刺には、住所や電話番号と並べて、普通の書体で「豊田自動車」と掲載するでしょうし、これなら問題はないでしょう。
しかしこの看板の「豊田自動車」の部分を、住所や電話から飛びだして着色した大きな文字で掲載した場合にはどうでしょう?あるいは名字だけカタカナで表示したら?
カローラやクラウンなどを出しているトヨタ自動車の系列?といった印象を与えますね。

このようなタダ乗りを防止するために、自己の名字を「普通に用いる方法」で表示した場合には商標の効力は及ばない、しかしその枠を超えれば商標の侵害、と規定しています。
その条の「普通に用いる方法」の限界が争われた事件です。

事件の背景
  1. 原告
    原告のアンハイザー社は、「バドワイザー」の名称のラガービールの製造、販売を主たる目的とする米国法人であり、我が国において、指定商品「ビール」について、「Budweiser」、「BUD」の商標を商標登録していました。

    原告の商標
    第403923号
    第1595383号

  2. 被告
    被告はヨーロッパを中心として「Budjovicky Budvar」(チェコ語表記)ないし「Budweiser Budvar」(英語表記)の名称のビールを販売しているチェコ共和国の法人と、その我が国における輸入業者です。
    チェコの被告は、被告標章1、4(下記)を付したビンビールを我が国に輸出し、輸入業者はその正規販売代理店としてこれを輸入し販売していました。
    その被告のビールビンの正面には、「被告標章1」を中央に大書したラベルが付されていました。

    被告のビンビールとラベルの中央の表示(被告標章1)

    また、中央のラベルの下の部分には、「被告標章4」が3行にわたって、小さな活字で、チェコ語を英訳した記載がなされていました。これが「自己の名称を普通に用いる方法で表示」しているか否かが争われたのです。

    ラベルの下部。(被告標章4)
    (中段が問題の被告標章4:左に「BUDWEISER」の文字があります)
    上段:BREWED AND BOTTLED BY THE BREWERY
      (BREWERY醸造所による醸造およびビン詰め)
    中段:BUDWEISER BUDVAR,NATIONAL CORPORATION
      (チェコの国有企業「Budejovicky Budvar,Narodni Podnik」の英訳)
    下段:CESKE BUDEJOVICE(BUDWEIS) CZECH REPUBLIC
      (チェスケ・ブジェヨビチェ(バドワイス) チェコ共和国)

    そこで商標権者のアンハイザーは、チェコのメーカー、および日本の輸入代理店の行為は原告各登録商標の商標権を侵害するとして、日本の商標法36条を根拠に、ビールの輸入販売の差止め及び商品の廃棄の請求とともに損害賠償を求めたものです。

原告の主張
この争いでは8件の標章の争い、不正競争防止法の争いがありましたが、以下ではこの解説のテーマである、被告標章4と商標法26条1項1号の争いに絞って説明します。(被告標章1は、原告の登録商標と類似しない、と判断されました。)
  1. 商標は類似するか?
    地裁の段階では原告商標と被告標章4は類似しない、と判断されていたのですが、これに不服の原告は、両者は類似するから地裁の判断は誤りだ、と主張しました。
    原告商標
    被告標章4

    原告が両者が「類似する」と主張する根拠は以下の通りです。

    1. 地裁の判決は、被告の被告標章4にもはっきりと「BUDWEISER」の文字があり、称呼されるのを見過ごしている。
    2. 原告の「BUDWEISER」の著名性を見過ごしている。
    3. 「BUDWEISER」の文字とその著名性と相まって、消費者は特に「BUDWEISER」の部分に注意を惹かれるのに、2文字を一体とした「BUDWEISER BUDVAR」が要部であると判示したことは誤りである。
    4. 被告の「BUDWEISER BUDVAR」の全体が要部であるとしても、原告の商標の周知著名性を考慮すれば「BUDWEISER」の部分がひときわ目立ち「バドワイザー」と称呼されるのが普通だから、両者は類似すると言える。
    5. アンケート調査によっても、被告標章4は、原告のバドワイザービールと誤認混同を生じさせるおそれが大きいことが明らかである。

  2. 自己の名称の普通表示か?
    次に「被告標章4」が「自己の名称を普通に用いられる方法で表示するもの」ではない、とする根拠は次の通りです。
    1. 地裁は、被告の標章4は、チェコ語の英語表記だと述べているが論理の飛躍がある。
    2. なぜなら被告はチェコ語の全体を英語表現に直して「BUDWEISER BUDVAR」の表記に改める必然性がないからである。
    3. 英語を母国語としない国の企業が、それを英訳して表記したものにまで商標法26条1項1号の「自己の名称」に該当するとした地裁の判決は、必要以上に商標の効力を狭く解するもので不当である。
    4. さらに被告の「BUDWEISER BUDVAR」は、他の表記以上の大きな太文字で際立った表示をしており、「普通の用いられる方法で表示している」とは言えない。

高裁の判断
  1. 類似しない
    高裁では、被告標章4は、原告の商標と外観および称呼において明確に区別される、と地裁の判断を支持しました。
    では「観念」ではどうか?
    原告商標からは「バドワイザーという名称の米国製ビール」という観念が生じると解されるが、被告標章4からは特定の観念が生じることがない、と判断しました。
    原告商標
    被告標章4
    ではアンケートの結果はどうか?
    原告提出のアンケートは、調査対象者が204名であり、十分な人数とは言えず、質問事項についても、回答者に何らかのビール名を回答しなければならない、という一定の心理的圧力を及ぼしていることは否定し難い。
    その結果でさえ、両者を類似しているとの回答者が3割程度なのだから、両者が類似しない、という認定を左右するに足りない、と判断しました。

  2. 自己の名称の普通表示か?
    両者が非類似なら、すでに侵害ではないはずですが、高裁ではさらに「自己の名称を普通に用いられる方法で表示するもの」か否かを検討しました。

    1. 偶然の一致か?
      まず、なぜ英文表示では「バドワイザー」の称呼が生まれる商標が競合したのでしょうか。これには根拠があり、偶然の一致ではないのです。
      というのは、チェコ語の表記である「Budejovicky =ブジェヨビチェ」、これは英語表記にすると「BUDWEISER=バドワイザー」となるのですが、この「ブジェヨビチェ=バドワイザー」はプラハの南にある都市の名称で、ビールの産地で有名だそうです。
      ですから英語表記の「バドワイザー」とは、日本でいえば「灘の生一本」の「灘」に相当するわけで、「BUDWEISER BUDVAR」といえば「BUDVAR」は造語なので、「灘桜」といった表現なのです。
      一方、原告のビール「バドワイザー」も、19世紀末にボヘミヤのバドワイザー地方のビールをヒントにこれに改良を加えて売り出し、平行して米国で「バドワイザー ビールの王者」の商標登録をしたものでした。
      ですから、出所は一緒、ということになり、偶然の一致ではないです。

    2. 英語の表記にする必然性は?
      上記のように解すると、被告標章4は自己のチェコ語の社名である、「生産地+固有名詞」を英語表記しただけ、だったら「自己の名称の普通表示」と言えそうですが何が問題でしょう。
      原告は、全文を英語表記にして、あえてそこに「バドワイザー」の文字を入れる必要はないはずだ、と主張していました。
      しかし高裁では次のように判断しました。
      被告標章4は、被告ブドバー社の名称を英語で表記したものであって、母国語であるチェコ語による表記ではない。
      しかし、現在の国際的な商取引において主として英語が用いられていることに照らせば、英語を母国語としない国の企業がその名称を英語で表記するものも、商標法26条1項1号にいう「自己の名称」に該当するものと解するのが相当である。
      そのように解さないと、(チェコ語などは英語に表示しないと読めない国の国民が多いのだから)、英語を母国語ないし公用語とする国の企業のみを不当に優遇する結果となる。
      このように、英語以外の社名を英語の発音に直した表記も「自己の名称」に該当する、という結論です。

    3. 使用の態様は?
      実際の被告標章4の使用の態様を拡大すると下記の通りです。

      最初の本田自動車という修理工場の例のように、自己の名字の「本田」であっても、それをラベルの中央に大きく描いたり、さらにカタカナで「ホンダ」とすると、「自己の名称の普通表示」とは言い難い、ということになります。

      本件の場合を見るとどうでしょう。
      ラベルの中央には大きな商標が描かれています。これがビールの取り引きの手掛かりの標識となるでしょう。
      一方被告標章4は、ラベルの下部に小さな活字で横書1行で記載されているもので、しかも、その上下には、更に小さな活字でそれぞれ横書1行の文字が記載されています。
      この3行の中の1行の、さらに一単語である「BUDWEISER」が、このビールの取り引きの手掛かりになる、とは到底思えません。

      上記のような検討を経て被告標章4の記載は「自己の名称を普通に用いられる方法で表記したもの」、だから原告の商標の効力は及ばない、よって侵害ではない、との判決になったのでした。

被告標章目録
念のために、争われた被告標章の一部を記載します。

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