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不正競争防止法


チーズ本対バター本事件(チーズはどこへ消えた?事件)

〜書籍のパロディと不競法〜
(東京地裁平成13年(ヨ)22090号平成13年12月19日決定)
チーズ本対バター本事件(チーズはどこへ消えた?事件)

[この本、大ヒットしたあの本と似てる……]
書店に行くと目立つ所に置いてあることが多い、自己啓発書。
自己啓発書でベストセラーになったものの一つに、『チーズはどこへ消えた?』があります。
この本が話題になってからしばらくして、別の人が書いた『バターはどこへ溶けた?』が発売されました。
上記の通り並べると、タイトルや表紙の雰囲気が似ています。
内容的には、寓話を用いてメッセージを伝える構成も、共通しているようです。

2冊の出版社の間で、不正競争防止法の訴訟が起こりました。
模倣した書籍の販売をやめさせるためには、書籍タイトルや表紙デザインが不競法にいう「商品等表示」に該当することが前提となります。
果たして「商品等表示」となりえるのでしょうか。
チーズ本対バター本事件(チーズはどこへ消えた?事件)

[事件の経緯]
訴えを提起したのは、株式会社扶桑社(以下、扶桑社)です。
平成10年にアメリカの出版社と出版契約を締結し、日本語版『チーズはどこへ消えた?』(以下、チーズ本)を出版しました。
訴えられたのは、道出版株式会社(以下、道出版)です。
平成13年に『バターはどこへ溶けた?』(以下、バター本)を出版しました。
扶桑社は道出版に対し、不正競争防止法2条1項1号・2号の行為に該当するとして、バター本の販売差止を求めました。
チーズ本対バター本事件(チーズはどこへ消えた?事件)

[扶桑社の主張と道出版の反論]
まず、扶桑社は、チーズ本の書籍タイトルと表紙デザインが不競法2条1項1号又は2号の「商品等表示」に該当すると主張しました。
チーズ本の原作は,1999年度全米ビジネス書ベストセラー第1位となっている。
チーズ本は日本で、平成13年2月からは毎週ベストセラー総合ランキング第1位を維持し,累計の販売部数は発売後7か月で330万部を超えている。
遅くとも平成13年2月ころまでには,チーズ本のタイトル「チーズはどこへ消えた?」及びチーズと人物を組み合わせた絵により構成される表紙のデザインは,扶桑社が出版する著作物の商品等表示として著名なものとなった。
また、仮に著名とはいえないにしても,需要者である読者の間に広く認識されていることは明らかである。
道出版は、「扶桑社が主張する事実は知らない」と否定しました。

次に、扶桑社は、バター本はチーズ本に類似すると主張しました。
両者のタイトルが類似する点と、表紙デザインが類似する点を根拠としました。
1 チーズ本とバター本は、タイトルが類似している。
(ア) 「チーズ」と「バター」
いずれも,食用乳製品として食卓に上るごくありふれた日常的な食品であり,イメージにおいて両者は類似する。
(イ) 「どこへ」の表記
チーズ本とバター本ともに,対象物が「どこへ」消えたかという点について著述されている。
(ウ) 「消えた」と「溶けた」
チーズ本における「消えた」とは,価値あるものがある日突然目の前からなくなったことを意味するが,バター本の「溶けた」という語からは,バターが「消えた」ことが容易に連想される。
しかも,「溶ける」という表現は通常,「どこへ」という語とは結びつかない。
バター本は,あえてチーズ本の題名との類似性を堅持し,むしろ誇示する仕組みになっている。

2 チーズ本とバター本は、表紙のデザインが類似している。
チーズ本は,本体カバーの表紙側に,英文の題名(濃茶色),和文の題名(赤茶色)などの構成となっているが,バター本は上記構成とほぼ同一の表示を行い,酷似した内容になっている。
また、チーズ本バター本いずれの配色も,黄系統や茶系統の色を基調として白色や黒色を組み合わせており,全体の色調は類似している。
さらに,バター本の版型(B6)及び頁数(96頁)はチーズ本のそれと同一であり,定価の表示である「定価: +税」の部分も同一である。

3 以上のとおり,道出版が扶桑社の商品等表示に類似するバター本を出版,販売する行為は,扶桑社の著名又は周知な商品等表示である本件表示を冒用するものである。

これに対し、道出版は反論を行いました。
両者のタイトルは類似せず、表紙デザインも類似しない旨を主張しました。
1 チーズ本とバター本は、タイトルが類似していない。
チーズ本のタイトルとバター本のタイトルで共通する部分は「どこへ」だけであるが,「どこへ」という語自体には独自性はない。
そして,チーズ本ではチーズについて「人生で求めるもの」として肯定的に評価しているのに対し,バター本ではバターについて「追い求めだしたらキリがないもの」という否定的な評価を与えている点で異なっている。
また,「消えた」は,それを失うことに対する喪失感により否定的なイメージを与えるのに対し,「溶けた」は,それよりもずっと自然の推移を表しており,価値的に中立であることが暗示されている。
以上によれば,チーズ本の書名とバター本の書名は類似しないというべきである。

2 チーズ本とバター本は、表紙のデザインが類似していない。
バター本では,英文の部分の表記についてはチーズ本と書体を異にしており,カタカナ表記についてもチーズとバターの違い及び著者名の違いから,読者に異なる印象を与える。
そして,バター本の帯にある「変化を追いかけて,成功を手に入れるために大切な何かを失っていませんか?」という記載は,バター本がチーズ本とは違う価値観で書かれていることを端的に表している。

さらに、扶桑社は、バター本をチーズ本と混同して買う人がいる可能性を主張しました。
チーズ本とバター本とは,以下のように両者を混同して購入している事実がある。
1 買い間違い
宣伝広告により,チーズ本の題名を耳にし,あるいは目にし,評判を聞いて購入しようとする者は,正確な書名を記憶しているとは限らないから,誤って書名が類似するバター本を購入するという形での,誤認混同が生じる。
2 続編と勘違い
ベストセラー作品には,シリーズ第二弾が生まれるのが常である。
あたかも「続編」が出たものと勘違いする現象が起きることになる。
バター本中にも「二匹目のどじょう」という表現が用いられており,道出版においても続編との勘違いを意図していることがうかがわれる。

道出版は、2冊を混同する人はいないと反論しました。
扶桑社主張の事実はいずれも否認する。
「買い間違い」については,扶桑社主張のクレームは道出版には一切来ていない。
仮に購入者が買い間違いをするというのであれば,チーズ本の知名度が低いことを意味し,著名性,周知性についての扶桑社の主張と明らかに矛盾する。
「続編との勘違い」については,バター本には「第二弾」や「続編」といった表記はなく,チーズ本の続編を買いたいと希望する読者が誤ってバター本を買うということは起こり得ない。

チーズ本対バター本事件(チーズはどこへ消えた?事件)

[地裁の判断]
地裁はどのように判断したのでしょうか。
まず、チーズ本の書籍タイトルと表紙デザインが、不競法2条1項1号又は2号の「商品等表示」に該当するかについて判断しました。
チーズ本の書籍タイトルと表紙デザインは、扶桑社の「商品等表示」に該当するとは言えない、と結論付けました。
扶桑社は,「チーズはどこへ消えた?」というチーズ本のタイトル及び,表紙の装丁が商品等表示(不正競争防止法2条1項1号,2号)に当たる旨主張する。
しかし,「チーズはどこへ消えた?」は原著作物の題名である「Who Moved My Cheese ?」を翻訳者が翻訳したものであり,同人の創作に係るものとして,著作物と一体をなすものであるから,扶桑社がチーズ本を出版したことにより,自己の「商品等表示」として差止請求権等の権利を行使できると解することには疑問がある。

続いて、仮に「商品等表示」に該当する場合に、バター本はチーズ本に類似するかについて判断しました。
チーズ本とバター本は、タイトルが類似せず、表紙デザインも類似しない、との結論です。
仮に扶桑社が書籍タイトルと表紙デザインを、自己の商品等表示として主張できるという主張を前提として検討すると、商品等表示の類似性については,これを認めることはできない。その理由は以下のとおりである。
1 チーズ本とバター本は、タイトルが類似しているとはいえない。
両者の共通する部分は「どこへ」と「?」のみである。
「どこへ」は「どの場所に」という意味の副詞句であり,「?」は疑問詞であるから,これらは独立した意味を有しない。
そうすると,意味のある部分は「チーズ」と「バター」,「消えた」と「溶けた」ということになる。
「チーズ」と「バター」について,語感やその意味する内容,それから連想されるものは大いに異なる。
また,「消えた」と「溶けた」についても,「消えた」という表現からは物体として存在していたものがなくなったという観念が生ずるのに対し,「溶けた」という表現からは個体として存在していたものが液体になったという観念が生ずるものであり,両者の意味するところは異なる。

2 チーズ本とバター本は、表紙のデザインが類似しているとはいえない。
本の装丁についても,チーズ本とバター本を比べると,表紙から裏表紙に続く絵は,チーズとバターの個数や配置,登場するキャラクターの数や配置,色調などにおいて,読者に異なる印象を与えるものであることが認められる。
したがって,仮に扶桑社が書籍タイトルと表紙デザインを自己の商品等表示として主張できると解したとしても,チーズ本の書名及び装丁である本件表示とバター本の書名及び装丁とは,類似しないものというべきである。

最後に地裁は、仮に「商品等表示」に該当する場合に、バター本をチーズ本と混同して買う人がいる可能性について判断しました。
バター本とチーズ本の混同は生じていない、という見解です。
扶桑社は,読者においてチーズ本とバター本を誤認して購入している事実がある旨を主張する。しかし,扶桑社が主張する点については,以下のとおりいずれもこれを認めるには足りない。
1「買い間違い」は起こりえない。
チーズ本の書名とバター本の書名は異なり,かつ類似していないので,両者を同一のものとして混同することは考えにくい。仮に,チーズ本を購入するつもりで誤ってバター本を購入した者がいるとすれば,それは書名を正確に記憶していないことに由来するものであり,両者が別の本であることは一見して明らかというべきである。

2「続編と勘違い」することは考えにくい。
チーズ本の書名とバター本の書名は類似していないといえ,バター本の書名及び装丁にはチーズ本の続編であることをうかがわせる「続」や「新」といった記載はなく,著者も異なるのであるから,読者においてバター本はチーズ本を踏まえこれにあやかって出版されたとの印象を抱くことはあり得るとしても,チーズ本の続編であるとの印象を抱くことは考えにくいというべきである。

上記を踏まえて、地裁は扶桑社の申立てを却下しました。
以上によれば,扶桑社の本件仮処分申立ては理由がないため、却下する。
チーズ本対バター本事件(チーズはどこへ消えた?事件)

[弊所の見解]
この訴訟では、書籍タイトルや表紙デザインは、「商品等表示」には該当しないと明らかになりました。
特徴的な書籍タイトルや表紙デザインだとしても、必ずしも類似品を不正競争防止法で差し止めることはできない、ということが分かる判例です。
以上
解説 弁理士山口明希


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