なぜ有名なアーティスト名は、商標登録されないのか(LADY GAGA事件)

(amazon.comより引用)

[商標登録出願の意外な落とし穴]
 突然ですが、クイズです。
 もしあなたが音楽活動をすることになった場合、正しいのは次のどちらだと思いますでしょうか。
 ・自分のアーティスト名は、有名になる前に商標登録出願する。
 ・自分のアーティスト名は、有名になった後に商標登録出願する。
  (CDやレコードの分野に限った出願です。)
「売れるかどうか分からないから、有名になってからでもいいのでは」と思われるかもしれません。
 しかし意外なことに、有名になってから商標登録出願した場合、商標登録が認められないことがあります。そのため、正しいのは「有名になる前に商標登録出願する」です。
 今回は、有名なアーティスト名を巡って起きた商標法の裁判例について、解説致します。

[訴訟に至るまでの経緯]
 商標の出願人は、エイト・マイ・ハート・インコーポレイテッド(以下、エイト・マイ・ハート)です。
 アメリカの歌手である、レディ・ガガのマネージメント会社です。
 レディ・ガガは、『Poker face』『Born this way』などの楽曲で、世界的に有名です。
 平成23年3月、文字商標「LADY GAGA」を、日本の特許庁に出願しました。  指定商品(商標を使う範囲)は、「レコード,インターネットを利用して受信し,及び保存することができる音楽ファイル,録画済みビデオディスク及びビデオテープ」(以下、レコード等)です。

出願番号:商願2011-21592
(登録されず)

 しかし出願から1ヶ月後、エイト・マイ・ハートは特許庁より拒絶理由通知(商標登録が認められない通知)を受けます。登録を認めない理由は、以下の2つです。

 1) 商標「LADY GAGA」は、レコード等の品質(歌手レディ・ガガに関係するレコード等であること)を、普通に用いられる方法(ロゴ化していないこと)で表示するものである。そのため商標「LADY GAGA」は、自他商品役務を識別する機能(エイト・マイ・ハートのレコード等と他社のレコード等を区別する機能)がない。(商標法3条1項3号)
 2) 商標「LADY GAGA」は、歌手レディ・ガガに関係ないレコード等に付すと、品質の誤認を生ずるおそれがある。(商標法4条1項16号)


 拒絶理由通知に対するエイト・マイ・ハートの反論も虚しく、商標「LADY GAGA」は拒絶査定(商標登録を認めないことが確定)となりました。
 そこで、エイト・マイ・ハートは特許庁に対し、拒絶査定不服審判(拒絶査定を覆すための審判)を請求しました。しかし、ここでも商標「LADY GAGA」の登録は認められず、拒絶審決(商標登録を認めないことが確定)となります。
 エイト・マイ・ハートは知財高裁に対し、審決取消訴訟(拒絶審決を取り消すための訴訟)を提起しました。

(amazon.comより引用)

[争われた論点と、エイト・マイ・ハートの主張]
 この訴訟では、主に以下の2つの観点から、議論が起こりました。
 1)自他商品役務を識別する機能(エイト・マイ・ハートのレコード等と他社のレコード等を区別する機能)があるかを判断するにあたり、商標「LADY GAGA」の使用態様を不当に限定して判断したのではないか。
 2)商標「LADY GAGA」はレコード等の品質を表す、という判断は正しかったか

 エイト・マイ・ハートは上記1)について、以下のように主張しました。

 審決は、商標「LADY GAGA」の指定商品中のレコード等の媒体表面等に表示されている発売元・販売元の名称・ロゴから、その商品の出所を認識する等として、想定される使用態様を限定した上で、商標「LADY GAGA」がその指定商品の品質(内容)を表示したものと認識させるとの判断を行い、商標法3条1項3号及び4条1項16号に該当するとした。

 しかし、自他商品の識別力を有するか否かといった登録要件の審査は、願書に記載された「商標登録を受けようとする商標」の構成それ自体に基づいて判断されるべきであり、その商標の使用態様をある特定の態様に限定した上で出願に係る商標が自他商品等の識別力を有するか否かの判断をしなければならないとする合理的根拠は存在しない。

 また、エイト・マイ・ハートは上記2)について、以下のように主張しました。

 審決は、商標「LADY GAGA」の指定商品であるレコード等においては、その収録曲を歌唱する者、映像に出演し,歌唱している者が「だれ」であるかということも、商品の品質と密接な関連を有するというべきであるから、その「だれ」であるかを示す「歌手名」も,商品の品質(内容)に当たるというべきである」とする。

 しかし、審決は「(商品の品質との)密接な関連」が具体的にはどのようなものであるのかについて説明するところがない。これは、商標「LADY GAGA」がレコード等との関係で商品の具体的な特性を理解、把握できないものであることに起因し、「その収録曲を歌唱する者、映像に出演し、歌唱している者が「だれ」であるかということ」は、その商品が「その歌手に何らかの関連がある商品」であると理解するに止まるといわざるを得ない。

(amazon.comより引用)

[知財高裁は、商標登録できないと判断]
 エイト・マイ・ハートが主張したのち、知財高裁が判断を行いました。

 上記1)については、「商標『LADY GAGA』について、自他商品役務を識別する機能(エイト・マイ・ハートのレコード等と他社のレコード等を区別する機能)があるかの判断は正しかった」と判断しました。
 具体的には、商標『LADY GAGA』が、CDのジャケット(レコード等の媒体表面)にどのように付されているかの視点から、レコード等を区別する機能があるかを判断したのは正しい、という意味です。

 エイト・マイ・ハートは、審決が商標「LADY GAGA」の自他商品の識別力を認定するに当たり、レコード等の媒体表面における表示などに基づき、具体的な使用態様を限定して判断を行ったことは誤りであると主張する。
 しかし、審決は,商標「LADY GAGA」を,レコード等に使用した場合に、取引者・需要者が,レコード等に係る収録曲を歌唱する者、映像に出演し、歌唱している者を表示したものと認識することを理由として、商標「LADY GAGA」の商標法3条1項3号及び4条1項16号該当性を判断したものであるところ、上記の認識は、レコード等の媒体表面やジャケットにおける一般的表示に基づいて認定されたものであり、特定の表示方法を前提としたわけではないから、具体的な使用態様を限定して判断を行ったものとは認められない。

 上記2)については、「商標『LADY GAGA』はレコード等の品質を表す、という判断は正しかった」と判断しました。
 具体的には、「このCD(レコード等)で歌唱しているのはレディ・ガガである」という事実は、レコード等の品質に当たる、という意味です。 

 エイト・マイ・ハートは、歌手の才能や技量に基づく歌唱力、演奏力というような抽象的であいまいな概念を、ある一定の明確な基準による具体的な品質として理解、把握することは困難であるから、商標「LADY GAGA」が「歌手名」と同じであるからといって、レコード等との関係で特定の性質等の品質を直ちに理解させるものではないと主張する。

 しかし、商標「LADY GAGA」の指定商品中、レコード等においては、レコード等に係る収録曲を歌唱する者、又は映像に出演し歌唱している者が誰であるかは、レコード等の主要な品質(内容)に該当するから、エイト・マイ・ハートの主張には理由がない。

 知財高裁は、審決取消訴訟(拒絶審決を取り消すための訴訟)について、エイト・マイ・ハートの訴えを認めない審決を出しました。
 エイト・マイ・ハートは、レコード等についての商標『LADY  GAGA』の登録を諦めることとなりました。

(amazon.comより引用)

[弊所の見解]
 今回は、有名なアーティストの名前が商標登録されなかった裁判例について、解説いたしました。
 確かに、「アーティスト名は、レコード等の品質をそのまま表しただけであり、登録すべきでない」という特許庁の判断も妥当といえます。
 しかし、商標法の本質は「商標を使う人のビジネス上の信用を守る」ことです。
 それを考えると、社会的に価値のある有名なアーティストの名前を保護しないのは、適切でないようにも思えます。
 今後は同様のことがどのように判断されていくべきか、疑問が残る判例です。

以上

解説 弁理士 山口明希